精神疾患パニック障害の体験記

パニック障害の発症から完治までを時系列で綴ったノンフィクションブログ

第31話~第40話

退職後の新生活スタート(第40話)

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無職の単調な日々
さて、単調な日々が始まりました。朝6:00頃に起床してジャージに着替えて、トコトコと多摩川まで歩いていきます。軽く柔軟体操をした後はウオーキング開始です。本来ならジョギングのはずですが、長年の不摂生でいきなり走るのは無理です。仕事のない朝にゆっくりと過ごすことが夢でしたが、まさか病気が原因で退職してその夢がこのような形で実現するとは一年前には想像もできなかったことです。
朝日を浴びながらのウオーキングは快適です。早朝独特のひんやりとした冷気の中で、いろいろと考え事をしながらの時間はとても充実しています。「ああ、幸せ。」 そう感じながらの生活が毎日これから訪れるのですから、パニック障害なんて簡単に治るよね?当然そう考えますよね?ところがどっこい、そうではなかったのです。働いている頃と同じような頻度で体調不良が続いたのです。いや、気のせいか以前より症状がひどくなっています。
働いている頃は、起床後二時間くらは予期不安はでなかったのですが、無職になってから既に幾度となく起床後一時間くらいで予期不安に襲われることがありました。ひどい時になると、ジョギングの最中に具合が悪くなって、ジョギングを早々に切り上げて河川敷の土手をよろめきながら登り、そのまま河川敷沿いの道路でひっくり返って仰向けで寝たことがありました。その時は、親切な散歩途中の主婦の方が私のそばに20分くらい付き添ってくれて、恐怖感と闘う私を励まし続けてくれました。ジョギング中だったので、精神安定剤を持参しておらずかなり苦しい時間を経験しました。
常に持ち歩く精神安定剤と病気説明のメモ
この時以降から、私は二つの物を常に持ち歩くようになったのです。一つはプラスチックの小さなケースに入れた精神安定剤二錠です。そしてもう一つはパニック障害について説明しているメモです。パニック発作中に自分の状況を説明する余裕はとてもないので、メモを見せて周囲の方の理解を得る方法です。この習慣は現在でも続いています(2016年現在)。私のお財布の中には、9年前にパソコンと家庭用プリンターで作成した用紙が今でも入っています。
お願い
私は、精神疾患パニック障害の患者です。初めての場所や緊張をすると、精神的な発作が起きる病気です。救急車や警察は不要ですので、そっとしておいてください。今現在、発作が起こるような気がしているか、もしくは発作中なのですが、数十分から数時間で治まります。薬も所持していますので私のお願いを聞いて頂けませんか?ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
このようなメモを持っていないと、以前記事に書きましたように(投稿19回目・20回目)、突然突拍子もない行動を取ってしまうので、周囲の方が大変驚かれます。道路や歩道で仰向けに倒れているので、大騒ぎになったりするのです。その時にこのメモがあると、説明する手間も省けますし、路上で寝ていても警察を呼ばれたりしないので、トラブルを未然に防げるのです。

病気や怪我がパニック発作を誘発(第39話)

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引っ越し後、生活のテーマを決めてみた
2008年3月4日、無事に引っ越しを終えて、本社の社長にお別れの挨拶も終わらせて、33歳無職の再スタートです。とりあえずの生活テーマは「自分なりに精一杯生きる。ゆっくり生きる。」に決めました。自由に憧れつづけた14年間でしたが、朝目が覚めると昨日とは違う部屋の中です。「ああ、ついに退職した。これでパニック発作ともおさらばさ」。そう思うとウキウキします。日中は近所を自転車でウロウロと徘徊して、新しい街を堪能します。思ったより何もありません。意外と不便だなというのが率直な感想です。
最寄りのJRの駅までは徒歩20分くらいでしょうか?途中に急な坂がありまして、結構長い階段があります。かなり遠回りすれば、自転車に乗ったままでも駅まで行けますが、この階段を使う道が最短距離ですので、ここを生活道路とします。
引っ越し後数日間は、数回ほど予期不安が襲ってきたので精神安定剤を飲みましたが、それから数日間は日記によると精神安定剤を飲んでいません。やはり仕事のストレス=パニック発作の原因ではないのかという考えが頭の中で固まっていきます。
病気や怪我をした時は、パニック発作が起きやすい?
しかし、3月7日頃から風邪を引いてしまいました。咳もでますし、熱もすこし高めです。花粉症も併発していますので、くしゃみが連続してでます。このくしゃみが曲者で、連続してくしゃみをした後は、後頭部がカーッと熱くなってきます。それと共に予期不安が襲ってくるのです。仕事はすでに退職していますから、パニック障害はすぐに完治すると思い込んでいましたが、どうやら違うようです。部屋の中に一人っきりですが、いろいろとパニック障害について考えを巡らせます。「どうも病気や怪我が引き金となってパニック発作を誘発するような気がする。」
このような疑問点が自分の中で湧きあがってきましたので、インターネットで検索をすると、そのように記述してある記事を複数ほど簡単に見つけることが出来ました。「これはちょっとやっかいだな。」 どうやら外傷が数日で治るのとは違って、精神疾患は一筋縄ではいかない予感がします。
この頃から、私はインターネットを利用してパニック障害の研究というか、情報収集に興味を持つようになりました。ただ、インターネットで得ることのできる情報は種類は豊富なのですが、どれを信用すればよいのか分かりません。出来ることなら主従選択をして、最短距離で完治へ向かいたいのですが、今一つ決定打に欠けます。
このような生活をすれば、治るかな?
そこで自分なりに一つの方法を考えてみました。それは規則正しい生活を送りながら様子を見るということです。朝は一時間ほどジョギングをして、日中は暇を見てヨガにチャレンジする生活です。無職で規則正しく健康的に生活をすればすぐに完治するだろう。このように決めて新生活がスタートしたのでした。

体調不良を理由に退職(第38話)

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そう簡単にアンドロメダへは到着しません
ところが終着駅には程遠い状況なのでした。お話は引き続き退職前後の様子です。そんな訳でして、新居探しを始めました。のんびりと治療に専念できる環境の良い場所。東京都郊外で自然豊かな場所といえば、多摩川沿いですね。多摩川沿いにあるUR賃貸の部屋を借りることにしました。家賃は65,000円です。無職でこの金額は決して安くはないのですが、多少の蓄えもありますしなんとかなります。この団地で最も気に入った点は、部屋を出て道路を横切ると目の前に食品スーパーがあることです。これで日々の生活には不自由しないはずです。そして、そのスーパーの隣には韓国系のキリスト教会がありました。私は無神論者ですが、数か月後にこの教会にちょっとの間通うことになるとは、この時は想像もしませんでした。
団地を出て、スーパーと逆の方角にある多摩川までは徒歩2分の距離です。河川敷の土手を越えれば目の前は多摩川とその河川敷が広がっています。この団地に決めた最大のポイントは、ここに一周1500メートルのジョギングコースがあったからです。サラリーマン時代に体重が70キロから86キロへと増加していたので、この無職期間を利用して減量に励もうと
思った事が、この地を人生再出発の地と選んだ理由の一つです。その結果、心療内科まではかなり遠くなってしまい、JRを乗り継いでの通院となってしまいますが、時間はたくさんありますから大丈夫です。14年間もの間、週一回休みのサラリーマン生活を過ごしたのですから、一年や二年間は無職で過ごしても罰は当たらないだろうというのが私の考えでした。
ついに退職となります
そして、ついに迎えることとなりました運命の日、2008年3月3日午後9時。14年間勤めた会社を退職する瞬間です。社員達は、ほんとに退職するのか未だに半信半疑のようですが、ホントなのです。特に送別会などは無く、普段の一日が終わるのと同じようにあっけない勤務最終日でした。
後任者へいろいろと説明をして、金庫の鍵や事業所のカギなどすべてを渡して、引き継ぎもすべて終了です。後任者の彼にとっては大変ではありますが、大きな人生のチャンスです。年商ウン億円の事業所の代表者として働く機会が巡ってきたのですから、ぜひそのチャンスを物にしてもらいたいという言葉を残して、会社を去りました。
しかし、不思議なものですね。高給ですが絶大なストレスを感じる職場を人生お金じゃないよと言いながら去る人と、その高給が魅力でその職位にチャレンジしたいと赴任してきた後輩。後輩が私のように健康を損なわないことを祈ります。

ついに病名が確定(第37話)

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病名は確定でしょう
さて、病名はほぼ確定ですね。パニック障害です。これから先の記事はこの病気を治療していく過程が中心となって、お話が進んでいくのですがそう簡単ではないのです。現在この物語には、退職を一ヵ月後に控え、仕事さえ辞めればストレスからも解放され、手の擦り傷が治るように簡単にパニック障害から逃れられると考えている私がいます。
「パニック障害の原因は仕事のストレス」。そう決めつけていたので、退職さえすれば心が解き放たれて健康な状態にすぐに戻れる。そのような思いから、退職日が来るのを指折り数えながら引き継ぎ業務に精を出します。相変わらずの体調不良に悩まされますが、医師から処方された精神安定剤を飲めば、簡単に予期不安からも逃れることが出来ます。
「これって順調じゃね?」
病気に対しての不安は全くありません。通院する心療内科も決まりましたし、よい先生とも巡り合うことが出来ました。病気の症状を抑える頓服の精神安定剤も持っています。こうなれば、飛ぶ鳥跡を濁さずを実践するだけです。
取引先等に健康上の理由で退職しますと挨拶回りに出かけたり、後任者を引き連れての会合への出席など、身辺がバタバタと忙しくなってきます。社長からは留意を求められたりもしますが、そこは頑なに拒否です。健康を失った今、最も望んでいることは健康体に戻ること。一人の社員が退職したからといって、すぐに倒産した会社はありません。不思議と代わりの誰かがその業務を引き継ぎ、それなりにこなしていくものです。ですので、私の最後の仕事は引き継ぎを確実にすることだけです。
体調不良で悩まされた日々でしたが、精神安定剤を手に入れた私は無敵です。ここ数カ月は健康になることに憧れていました。そして、その健康体はもうすぐ手に入るという期待感。惑星アンドロメダへ機械の体を手に入れる旅に出た星野哲郎(銀河鉄道999)の気持ちが良く分かります。○○こころのクリニックを経由地として、一年に及ぶ体調不良の長旅の終着駅がもうすぐなのです。

好印象 ○○こころのクリニック その2(第36話)

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結局、診察は初診ということもあり約40分ほど時間を割いて貰えました。このあたりが理由で、心療内科は完全予約制になっており、特に初診の予約が取りづらいのです。私は先生にお礼を言って診察室を出たのでした。
「よかった。パニック障害という脳の機能障害が原因で体調不良が続いていたんだ。」
原因が分かったから、すぐに良くなるよね。そう思いながらお会計を待ちます。院内の長椅子には私以外に二人ほど待っていました。さすがに40分はちょっと長かったかな?なんて思いながらのお会計待ちです。
数分で受付から名前を呼ばれました。ウキウキしながらお金を払って、保険証とお釣りと真新しい診察券を受け取ります。「うん?診察券番号168」・・・ これって、この心療内科でのカルテ番号が168って事ですよね?つまり開院三週間で私以外に167人の患者さんがいるってことですよね?いやいや、今日で開院一カ月になりますから、診察は火曜日から土曜日までの週5日だと、一日あたり新規患者さんは8名の計算です。このままだと、○○こころのクリニックも診察予約が取りづらい心療内科になってしまうのも時間の問題ですね。どこの心療内科も新規患者は週に数名程度だと推測しますので、この病院をこのタイミングで見つけることが出来たのは、非常に幸運でした。そんなことを考えながら帰路へつきました。
二つの心療内科の相違点
さて、前回、前々回の投稿で若干触れましたが、「○○駅前心療内科」と「○○こころのクリニック」では、明確な違いが二点ほどありまして、それが原因で私にとっては○○こころのクリニックが好印象となっているのですが、そのことを書きますね。
診察室へ入ると○○駅前心療内科の方は正面に大きな机があり、その向こう側に白衣を着た先生が座られていたのですが、その椅子が非常に大きな背もたれのある立派な椅子でして、患者の私が座る椅子はみすぼらしい丸椅子でした。医師と患者との間にも大きな机がある為、圧迫感というか、先生との距離感を遠く感じてしまい、それもあって詐欺と感じてしまったのかもしれません(第12話)。そして、○○こころのクリニックは診察室へ入ると左手に長い机があり、先生が奥側に座っていて患者は手前に座ります。先生も患者も全く同じタイプの椅子で背もたれがあります。先生と患者を遮る物はなく、親近感を持てました。先生も白衣を着ていません。この椅子と白衣が決め手となって、私は○○こころのクリニックにて治療を受けようと決心したのでした。
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